【リポート】山形から東京へ。サイトウケイスケさんのトークショーに行ってみた

2016.5.23

2016年5月20日、「サイトウケイスケ東京漂流記」〜中間報告会〜が開催されました。

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会場は山形駅西口から徒歩5分、マックスバリュの向かいにあるRAF-REC

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https://www.facebook.com/usedcdrecordcaferafrec

通常は中古CD・レコード店兼カフェとして営業していますが、ライブイベントなども行われているようです。

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画像はトークショー終了後のDJタイムの様子。

薄暗い店内でライトをつけながら、お目当のCDを探すお客さんも……。

掘り出し物のCDなどが多く、山形の音楽好きが集まります。

ところで、サイトウケイスケさんって何者?

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画像左がサイトウケイスケさん、右が今回の聞き手佐藤恒平さん。(桃色ウサヒの中の人/まよひが企画)

山形出身サイトウケイスケさんは、東北芸術工科大学グラフィックデザインコースの卒業生。卒業後、フリーのイラストレーターとして活動しながら美術科で副手を務めました。2013年、30歳の時に上京し、現在は働きながら作品制作を続けています

公式サイト http://keisukesaitoillustra.wix.com/keisukesaito

今回は、そんなサイトウケイスケさんのトークショーの内容から、学生のみなさんに役立つお話をまとめてみました。

卒業後、東京で働こうか迷っている。大学で学んだことを仕事にしたい。学校生活このままでいいのかな ? 

そんなお悩みを持つみなさん必見の内容です。それではどうぞ !

芸工大に入学したきっかけを教えてください。

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(18歳、バンド活動時の様子。)

中学は山形市立第十中学校、高校は山形中央高校の普通科を卒業しました。中学時代はバスケ部に入っていたんですけど、小さい頃から落書きが好きで、自分で絵を描いていました。高校時代はNIRVANAというバンドやメロコアというジャンルの音楽が好きで、その影響でギターを弾いていました。

受験当時は美術に興味がなかったのですが進路を決めなければいけなかったので、よくわからないまま響きだけで東北芸術工科大学グラフィックデザインコースを選びました。グラフィックの意味も知らずに「パソコンで絵を描くコースかなー ? 」と思いながら自己推薦入試を受けて、運良く受かったのですがそこからが大変でした。

どんな大学生活を送っていましたか ?

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(2005年、学部4年時の卒業制作「ヘイ!ちょっときいて」)

自分の表現を探求しながら、グラフィックデザインを学んでいました。高校時代からバンドをやっていたということもあってCDジャケットやイベントのフライヤーなど、音楽に関わる仕事を個人的に行いながら、イラストレーターを目指していました。

当時山形駅前に中古CDショップがあったのですが、「チラシ作らせてください ! 」みたいな感じでフライヤーを作ったり。音楽をやりつつイラストを描くような生活でした。

学生時代の失敗を教えてください。

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(2006年東北芸術工科大学でのパフォーマンス「ベクトルのない新入生歓迎会」)

芸工大の2年生くらいの時に、図書館の上のスタジオで、コンテンポラリーダンスサークルと僕らの即興音楽ユニットで、暗闇の中でノイズや鉄くずを叩いて音を出すようなパフォーマンスをしていたんですね。特に許可も取らずに。高校生なんかも来ている中で結構激しいパフォーマンスをしていて、結局電気をつけられて終了という事件があって。

その後、僕らは打ち上げをしていたのですが、途中でサークルから「反省会をやるから学校に来てください」という電話がかかってきたんですね。それで学校に戻ったら重鎮みたいな先生が3人くらいいて、シーンとした中で反省会が行われました。みんな一通り反省して「じゃあこれからは気をつけましょう。解散」という流れになった時に、空気を読まなかった僕が「でも、僕たちとしては成功だったんです ! 」と言ってしまったんです。

そしたらとある先生が「そう、それでいいの !  」って言ってくれて。そういう、自分たちの表現や失敗を認めてくれる大人の人もいるんだというのはすごく衝撃でした。今そういったパフォーマンスを無許可でやったら大問題になるかもしれませんが。

その経験があって、人に迷惑かけちゃダメだなとか、迷惑かけたら謝罪しなきゃとか気づくようになって。20歳くらいの頃だったんですけど、「なにか表現するなら、ちゃんとやらなきゃダメだ」と思うようになりました。

卒業後の進路について教えてください。

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(2012年の個展「CRIER FLIER」at白鷹町文化交流センターあゆーむ photo:REIJI OHE)

学部卒業後は大学院に進んで、その後は山形でフリーランスのイラストレーターになったのですが、仕事は全く無かったです。デザインの専門学校の非常勤講師の仕事をたまたまもらえたので、そのかたわらフリーで活動していたのですが、もう、ド貧乏でした。コーンスープとご飯で食いつなぐみたいな。歩いているだけで後輩から(痩せすぎて)「大丈夫ですか ? 」と言われたり。初めて実家から出て一人暮らしをして、好きな事やって食えないってこういう事なのかと実感しましたね。

その時、バンドマンの友人にその話をしたら、「そんな生活間違っている。そんな死に近い生活、ケイちゃんがやりたい事と矛盾している ! 」と言われて、「確かにそうだ。」と思ってバイトを始めました。それまではイラストレーター一本で食っていけるようにと思っていたのですが、ちゃんとご飯を食べて、制作できるようないい流れを作らなきゃいけないなと考えを改めましたね。

その後、母校の東北芸術工科大学の美術科から副手として誘ってもらえて、学科の助手のような仕事を4年間させてもらいました。

東京に行こうと思ったきっかけを教えてください。

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Model:Rinkarin/Photo:Ikuko Hirose/Hair&Make:Tamaki Nishizawa

(2015年個展「らぶばず(LOVE BUZZ)」at新宿眼科画廊)

芸工大での副手の任期が終わったのがちょうど30歳になる歳だったんですね。最初は「山形で制作を続けます」と公言していたのですが、ずっとモヤモヤしていて。そのことを東京にいる作家の友達に電話で話したら、「なんで山形なの ? 」と聞かれて、答えられない自分がいて。今までは東京に出る必要はない。と思っていたのですが、30歳まで山形で続けてこれたんだから、逆にもうどこでも活動できるんじゃないか。東京に出て一回勝負を仕掛けるべきなんじゃないかと思いなおしました。

その間、色々な人に相談して、「山形でも活動できるじゃん」と言われたりもしたのですが、さっきの無許可でパフォーマンスをしたエピソードで「そう、それでいいの ! 」と言ってくれた先生に、「僕、生まれてから30年間ずっと山形で生活しているんですよ」と言ったら「そうなの !?  出た方がいい。」と真剣に言われて。それは展覧会の打ち上げの席のことだったのですが、帰り際に「外へ出ろ !  武者修行してこい」って言われて決断しましたね。

で、泣きながら上京しました。新幹線で出たのですが、もう、泣いてました。東京暮らしなんて怖いと思っていたし、山形には仲間もいっぱいいるし。それでも出なきゃいけないっていう状況に自分を追い込んで、変化したかったんですよね。

東京で暮らしてみて、変化はありましたか?

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(画像は2014年、上京2年目の作品「D&D」)

東京は、住んでみたらめちゃくちゃ面白い街でした。山形にいた時は、東京に対抗意識を持っていて「自分は山形から発信していくんだ」「地元を出るのは悪い事だ」と思っていたのですが、住んでみたらそうじゃないんだということが身をもってわかりました。だから、自分が住んでいる場所にこだわるのもいいし、一回出てみるのもいいことだって、みなさんにお伝えしたいですね。

あとは、自分の絵についての変化なのですが、女の子を描くようになりました。それまで女の子は全然描いていなくて、描いたとしても目や口くらいだったのですが、東京に行ったらすぐに描き出すようになりました。

なんでかな ?  と思って考えてみたら、東京に来てから人を見る量が1000くらい変わったんですよね。駅に行ったら人人人人みたいな。それで人に注目するようになって、女の子かわいいなと思ったり、目を奪われるみたいなことを繰り返しているうちに、女の子を描くようになっていったんですよね。その延長で今は女の子の自撮りをデコったりしています。そういう作風の変化も面白かったですね。

東京の人ってどんな感じですか?

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(サイトウケイスケ×ジドリfeat.Momoteka)

東京の人は普通にあったかいです。大学の講義やイベントなどで山形の外からゲストが来る機会も多いと思うのですが、まずその人にどんどん話しかけて欲しいですね。

僕は山形時代、東京からバンドが来たらすかさず自分の絵をプレゼントしていました。「こういう絵を描いてるんです ! 」みたいな。そこからフライヤーを頼んでもらったりしていて。

だからまず、話しかけてその人と友達になって欲しいですね。東京の人も山形の人も、同じ人間なので。

どうしたら友達ができますか ?

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(「スナック」狐火feat.テンテンコwithサイトウケイスケ サイトウケイスケ個展「らぶばず(LOVE BUZZ)」関連イベント「私の原動力」狐火ミニライブより Photo:Manabu Numata)

自分から話しかけること。それしかないと思います。「あの人、挨拶もしてくれないんだ……」みたいな時は、そもそも自分が挨拶していない状況だと思うので。自分から行くしかないですね。

僕も学部時代は人に話しかけるのが苦手なタイプだったのですが、院生時代にデジカメ販売のバイトをしていて、仕事として絶対に自分から話さなくてはいけない状況になり、話しかけるくせが染み付きました。それからは自分の展覧会の時など、必ずお客さんに話しかけるようにしています

あと、好きな人がいたら絶対に話しかけること。昔、好きなヒップホップグループが山形に来た時に、友達3、4人と観にいったんですね。本当はメンバーに話しかけたかったのですが、終わったあと集団で帰る流れに乗ってしまって。その時に、「大事な時は一人で動かなきゃいけないんだ」と思って、それからはどんどん一人で話しかけに行くようになりました。

だから、好きな人や尊敬する人には必ず話しかけて、「自分、こういうことやってます」とか「ファンです。また来てください」などと言うだけで、世界が変わったりするんじゃないかと思います。

今後、山形に戻る予定はありますか?

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(CDアルバムジャケットデザイン FRIDAYZ「DO IT」(左)/あっこゴリラ「TOKYO BANANA」(右))

戻ると思うのですが、もうちょっといろんな人と出会いたいなと思っています。

僕が東京に出たのって、人と出会うためだったんですよ。今考えると、人と出会う可能性や確率を上げるために東京に住んだんです。

だからもっともっと人と出会って、自分の絵を知ってもらって、その上で山形に戻りたいと思っています。元々は山形でギャラリーのような場所を開きたいと考えていたのですが、今はむしろ自分の常設展示をできる場所を作りたいと思っています。

東京に、中野ロープウェイという面白い雑貨屋さんがあって、4畳半ぐらいのお店に全国からアイドルや女の子が集まってきたりしているので、そういう場所が山形にもあればいいなと思っています。わざわざ足を運んでみたいというような。そういう存在に自分がならなきゃ。というか、なろう。と思ってます。

学生のみなさんにアドバイスをお願いします。

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特に芸工大の学生さん向けのアドバイスなのですが、デザインも美術も、歴史があって、奥が深い。

なので、学生さんは特に、今のうちからたくさん関連書籍を読むことをオススメします。自分は学生時代、全然本を読めていなかったので、もっと読んでおけばよかったなと思っています。

まとめ

いかがでしたか ?

山形でも東京でも、ストイックに作品を作り続けているサイトウさん。

気になった方は以下のサイトなどを覗いてみてはいかがでしょうか ?

サイトウケイスケ公式サイト : http://keisukesaitoillustra.wix.com/keisukesaito

twitter : @keisuke_saito

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